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query_builder 2024/07/31
終活
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いも地蔵盆まつりに出店します‼️

令和6年8月23日(金)
16:00〜
真言宗 常明寺にて
(今治市八町西3-2-11)
0898-22-2435

⚫︎終活、相続、遺言、介護、葬儀、お墓、仏壇仏具、寿影写真のなんでも相談会
⚫︎各ブースで出題されるクイズに答えて景品を貰っちゃおうスタンプラリー
⚫︎お芋料理やその他美味しいそうな出店
⚫︎龍岡寺の御住職 渡部悠弘さんの『でまえうたライブ』

自宅葬儀社さとも葬儀相談や入棺体験で出店いたします‼️

皆さんぜひ遊びに来てね😆🩷🍠

『いも地蔵盆まつり』とは?

「公益を図るがために国禁を破るが如きは決して怖るゝに足らず」

愛媛県にある大三島の下見吉十郎(あさみ きちじゅうろう)は4人の子供を幼くして亡くし、六部僧として大三島から諸国行脚に発ちました。
九州を巡っていたところ、農民である土兵衛に一夜の宿を頼むとその夜、甘藷(サツマイモ)を振舞われました。
サツマイモがやせた土地でも簡単に栽培できることを知った吉十郎は、
地形や気候などで大規模な飢饉に見舞われることが多い地域であった故郷の大三島でサツマイモを育てたいと考え、
土兵衛に種芋を譲ってくれるよう頼み込みました。
しかし薩摩藩は芋の持ち出しを固く禁じていたため、当初は土兵衛も吉十郎の頼みを断りました。
それでも吉十郎が涙ながらに再三懇願したことからついに種芋を譲り渡しました。
吉十郎は背負っていた仏像に穴を空けて種芋を隠し、命懸けで薩摩国から持ち出し大三島へ持ち帰り、栽培に成功すると、島の農民に配って栽培法を伝えました。
その後、吉十郎の栽培したサツマイモは大三島から近隣の島々に広まり、
それまで飢饉に苦しんだ島民の生活は安定したものになりました。
特に、瀬戸内海を中心に100万人の餓死者を出したとされる享保の大飢饉の時には大三島の周辺では1人の餓死者が出なかっだそうです。

感謝した島民は、吉十郎を追慕し、
向雲寺に「甘藷地蔵」としてまつり、各地にもお地蔵さんが作られました。

その一つがここ今治の常明寺さんにまつられています。

今年からこの『いも地蔵盆まつり』を催し、たくさんの人達を救ってくれた吉十郎さんへの感謝の想いはもちろん
夏のお盆の時期に帰ってくるご先祖様の供養や農作業の疲れを一掃する為に行われていたかつての盆踊り大会のような人々の繋がりを再びここから始めたいと思われているようです!!
素晴らしい取り組みですね😆👍

大人も子供も皆んな一緒に楽しんで過ごしましょう〜😆🎵

今回ご縁あって私達も出店させていただくことになりました。
また多くの人との繋がりと共に
ご葬儀や終活などに悩みを持たれている方々のお役に立てたらと思います!!

〜お家にかえろう〜🏠💕
自宅葬儀社さと
🔻🔻🔻
@jitakusougi